宵の淵に影ふたつ


パチパチと算盤を弾く音と帳簿を捲る音だけが部屋の空気を僅かに震わす。ぼんやりとした橙色の灯りを頼りに仕事を進める文次郎の表情は至極真剣であり、茶化そうにも茶化せずふたつ寄せて敷いた布団に仙蔵はひとり寝転がりながら欠伸をした。
文次郎がこの部屋で眠ることはあまり無い。鍛練に赴くか会計部屋で仮眠をとるのが常である。少し負い目を感じているのか、今夜は共に寝るか、と仙蔵に声が掛かったのが数刻前。珍しいこともあるものだと布団を敷いたのはつい先程だ。

しかし肝心の本人はもう少しで終わるからと帳簿を持ち出しどかりと机の前に座り込み、算盤を弾きはじめたのである。月末で忙しいのは承知している為に文句は言わなかったが、こうも待たされると眠気も押し寄せ、仙蔵は重くなった目蓋を閉じた。


「…仙蔵、寝たのか?」
「ん、すまない、起きている…」

すっかり静かになった相方に気付き文次郎が帳簿から目を離し振り返る。うつ伏せで目蓋を閉じている姿に、起こしては悪いと控えめに声を掛けると目蓋が薄く開いた。しかし声を出すのもやっとの状態に苦笑する。待たせすぎたか…と文次郎は自分の膝を叩いた。

「仙蔵、こっち」

なにやら自分を呼んでいる相手に、気怠さを感じながらも体を起こして近寄る。膝を叩くその仕草はここに頭を乗せろという意味だろうと何も言わずに側に横になって頭を乗せた。寝苦しい体勢の上に寝心地も良くないが、安心する。仙蔵は再び目蓋をおろした。

「眠いなら寝てろよ」
「こんなに堅い膝と床なんぞで眠れるものか」
「人の親切を…終わったら起こしてやるから」
「…終わるのか?」
「終わらせるしかねぇだろ」

呟く程の声なのに心地よく鼓膜に流れ込む。すぐに汗をかくからと頻繁に洗っている文次郎の寝間着は石鹸の匂いがして酷く落ち着いた。

「久方ぶりに共にする夜だというのに…仕事を持ち込みおって…」
「それに関しては悪いと思っている」
「…算盤片手に書き物をしている時のお前は嫌いじゃない」

好きだぞ、と小さく零し、裾を握っていた掌が僅かに開いた。完全に眠りにおちた仙蔵の顔はどこか笑っているようにも見えて文次郎の頬も緩む。
バカタレ、と一言、仙蔵の髪をするりと撫でた。


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書きたかったもの、とりあえずひとつ消化…!
仙様無双も好きですが、やっぱりこの2人は持ちつ持たれつな関係が美味しい。熟年夫婦のような2人であるといいなぁ…
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